東京高等裁判所 平成10年(ネ)1026号 判決 1999年9月07日
主文
原判決を取り消す。
本件を横浜地方裁判所に差し戻す。
理由
【事実及び理由】
第一 当事者の求めた裁判
一 控訴人
1 (主位的に)
主文と同旨
2 (予備的に)
(一) 原判決を取り消す。
(二) 被控訴人は、控訴人に対し、原判決別紙物件目録記載の建物(以下「本件建物」という。)を明け渡せ。
二 被控訴人
控訴棄却
第二 事案の概要
一 本件は、控訴人が、被控訴人に対し、被控訴人は日蓮正宗管長阿部日顕により控訴人の住職を罷免され、控訴人の代表役員の地位を失ったから、本件建物の占有権原を喪失したと主張して、所有権に基づき本件建物の明渡しを求めた事案である。原判決は、本件は法律上の争訟に当たらないとの理由で控訴人の訴えを却下したので、これに対して控訴人が不服を申し立てたものである。
二 当事者双方の主張は、次のとおり付加するほか、原判決の該当欄記載のとおりであるから、これを引用する。
(控訴人の当審における主張)
1 本訴提起に至る経過
被控訴人は、日蓮正宗を包括団体とする宗教法人である控訴人を日蓮正宗から離脱させることを企てた。控訴人が日蓮正宗から離脱するには、責任役員(総代)の全員一致による宗教法人「大経寺」規則(以下「大経寺規則」という。)の変更を要する。しかし、被控訴人以外の責任役員は離脱のための大経寺規則の変更には賛成しないものと考えられた。そこで、被控訴人は、平成四年一〇月一七日、日蓮正宗の代表役員の承認を受けることなく、控訴人の責任役員であった横尾島吉、波多野俊久及び齋藤幸雄(以下「横尾ら」という。)を解任した上、今野成敏、佐藤義雄及び高梨幹哉(以下「今野ら」という。)を責任役員に選任した。そして、今野らと共に責任役員会を開催して、大経寺規則の変更決議(以下「本件規則変更」という。)をした。被控訴人のこれらの行為は、日蓮正宗宗制(以下「宗制」という。)、日蓮正宗宗規(以下「宗規」という。)及び大経寺規則に違反するものであった。そこで、日蓮正宗宗務院は、横尾らを違法に解任したことを糺すため、四回にわたり被控訴人を召喚したが、被控訴人は、正当の理由なく出頭しなかった。これを受けて、日蓮正宗は、被控訴人に対し、書面をもって、違法な右解任行為を撤回するよう訓戒したが、被控訴人は、従わなかった。被控訴人のこれらの行為は、住職の罷免事由である「正当の理由なくして宗務院の召喚に応じない者」(宗規二四六条三号)及び「本宗の法規に違反し、訓戒を受けても改めない者」(宗規二四七条九号)に該当する。そこで、日蓮正宗は、平成五年一〇月一六日、管長阿部日顕の名で、被控訴人を控訴人の住職から罷免する旨の懲戒処分(以下「本件懲戒処分」という。)をした。したがって、被控訴人は、本件建物の占有権原を喪失したのに、本件懲戒処分の効力を争い、本件建物の明渡しを拒んだため、控訴人は、日蓮正宗管長から新たに住職に選任された梅屋誠岳(以下「梅屋」という。)を代表者として、被控訴人に対し、本件建物の明渡しを求める本訴を提起した。
2 法律上の争訟性
(一) 本件の争点は、本件懲戒処分の適否である。本件懲戒処分は、右1で述べたとおり、被控訴人が日蓮正宗の代表役員の承認を受けることなく横尾らを解任したこと等が宗規及び大経寺規則に違反することを理由にされたものである。したがって、本件懲戒処分の適否を判断するに当たっては、横尾らの解任事由の有無、右解任につき日蓮正宗代表役員の承認の要否、右解任行為の正当性、本件懲戒処分が宗教法人法七八条に違反するか、といった点が問題となる。これらが本件の本質的な争点である。そして、これらの点は、被控訴人主張の血脈相承の問題や宗教上の教義、信仰の内容とは何ら関係なく判断することができる。したがって、本件は、法律上の争訟に当たる。
(二) 被控訴人は、本件訴訟において、阿部日顕が血脈相承を受けたことを否定している。しかし、被控訴人は、阿部日顕が法主に就任した昭和五四年七月二二日から本訴が提起されるまで一五年間以上にわたり、阿部日顕が血脈相承を受けたことを認め、一貫して阿部日顕が日蓮正宗の法主であり、管長である事実を積極的に認めてきた。また、日蓮正宗からの離脱を企て、離脱に成功しなかった住職は、被控訴人を含め一六名いる。これらの一六名は、全員、建物明渡訴訟の当事者となっているが、血脈相承否定の主張をしている者は、被控訴人を含めて三名しかいない。他の一三名は、血脈相承を否定していない。これは、右一三名は阿部日顕により住職に任命された者であるのに対し、被控訴人を含む三名は先代の管長細井日達により住職に任命されたからである。したがって、血脈相承の問題は、たまたま阿部日顕の先代から住職に任命された被控訴人が本件訴訟のために便宜的に持ち出した争点にすぎない。すなわち、本件の本質的な争点ではない。
処分権限の有無、すなわち、阿部日顕の管長の地位は、日蓮正宗という宗教団体の自律的判断の結果を尊重すべきである。現在では、阿部日顕が法主、管長の地位にあることは、日蓮正宗内で確定した事実である。被控訴人が阿部日顕の管長の地位を争うのであれば、管長就任についての日蓮正宗内部の決定手続の適否を問題にすべきであり、裁判所が判断することのできない血脈相承という宗教上の問題を持ち出すべきではない。
3 最高裁判所の判例との関係
(一) 被控訴人主張の判例は、国民の司法救済の途を閉ざすものであり、また、法律上の争訟性を欠く場合の基準も明確ではない。判例は変更されるべきである。
(二) 判例の事案は、正信会事件(日蓮正宗の信徒団体であった創価学会と協調路線を採った阿部日顕及び執行部とこれに批判的な僧侶により結成された正信会との対立)に関するものであり、当時、日蓮正宗内部で宗派を二分する教義上の論争があった。これらの事件で懲戒処分を受けた僧侶の処分事由は、血脈相承について異説を唱えたこと、阿部日顕の血脈相承を否定したこと自体等であり、阿部日顕の血脈相承の有無が重要な争点であった。これに対し、本件は、教義問題とは何の関係もない、被控訴人の宗規及び大経寺規則違反が処分事由とされているから、判例とは事案を異にする。
4 信義則違反
被控訴人は、長年、阿部日顕が日蓮正宗の法主であり、管長である事実を積極的に認めてきた。ところが、被控訴人は、本件懲戒処分を受け、本件建物明渡訴訟を提起されるや、右処分を回避するため、それまでの自己の態度を変更して、血脈相承の否定という便宜的な争点を持ち出した(前記2(二)参照)。このような被控訴人の主張は、信義則に反し、許されない。
(被控訴人の当審における主張)
1 法律上の争訟性の不存在
(一) 本件訴訟においては、被控訴人は、阿部日顕は前法主細井日達から血脈相承を受けていないから、法主の地位にはなく、したがって、管長の地位にもないから、本件懲戒処分は、懲戒権限のない者によりされたもので、無効であると主張している。したがって、本件懲戒処分の効力を判断するに当たっては、阿部日顕が法主の地位にあるか否か、すなわち、日蓮正宗における血脈相承の意義を明らかにした上、阿部日顕が血脈相承を受けたかどうかを審理判断しなければならない。そのためには、日蓮正宗における教義ないし信仰の内容に立ち入ることが必要不可欠である。しかるに、このような訴えは、裁判所法三条の法律上の争訟に該当しないから、不適法である。
このことは、蓮華寺事件に関する最高裁判所平成元年九月八日第二小法廷判決・民集四三巻八号八八九頁その他の判例の趣旨とするところである。
阿部日顕を中心とする日蓮正宗執行部は、平成二年ころ、信徒団体である創価学会の組織破壊を画策し、実行に移した。これに対し、被控訴人を含む一〇〇名以上の僧侶が大きな疑問を抱いた。また、阿部日顕らは、先代細井日達はじめ代々の法主が示してきた伝統的な教義、信仰を逸脱した教義を主張したため、教義上の争いも激化し、信仰の在り方を巡り宗派を二分する争いとなった。その過程で、阿部日顕の法主としての適格性が大きな問題となり、そもそも阿部日顕は血脈相承を受けていないのではないかとの問題がクローズアップされてきた。このような中で、被控訴人は、阿部日顕は血脈相承を受けていないと確信するに至り、控訴人の多数の信徒の意向も考慮して、日蓮正宗から離脱することを決断した。このように、本件は、単なる規則違反による懲戒処分の問題ではなく、血脈相承の有無を巡る宗派を二分する宗教上の争いであり、これが本質的な争点である。本件は、前記判例と事案を異にするものではない。
(二) 被控訴人の行為が「本宗の法規に違反し、訓戒を受けても改めない」に該当するとしても、被控訴人が法規に違反し、訓戒を受けても改めなかったのは、日蓮正宗の教義、信仰(本尊観、本仏観、三宝観、僧俗観等)に基づくものであって、正当な理由によるものである。この正当な理由の有無は、日蓮正宗の教義、信仰と深く関わっているため、右教義、信仰の内容に立ち入ることなしに判断することはできない。したがって、本件訴えは、阿部日顕の懲戒権限のほか、懲戒事由の有無の点からも、法律上の争訟性に該当せず、不適法である。
2 梅屋の代表権の不存在
本件懲戒処分は、処分権限のない者による無効なものであるから、被控訴人は、現在でも、控訴人の住職であり、代表役員である。したがって、梅屋は、控訴人の代表者ではあり得ない。また、梅屋の住職任命行為も任命権限のない者による無効なものである。したがって、梅屋は控訴人の代表者ではないから、梅屋を代表者として提起された控訴人の本件訴えは、この点からも不適法である。
3 信義則違反に対する反論
懲戒権限のない者により本件懲戒処分をうけた被控訴人が阿部日顕の懲戒権限の有無を争うことは、信義則に反するものではない。被控訴人が過去において血脈相承の有無を問題にしなかったのは、日蓮正宗内に留まるためには阿部日顕及び日蓮正宗執行部の方針に従わざるを得ず、また、当時は、血脈相承を否定する確証が持てなかったからにすぎない。さらに、法律上の争訟に該当するか否かという裁判権の限界に関する訴訟要件については、職権探知主義が妥当するから、当事者の主張の当否を問題とする信義則の適用はない。
第三 当裁判所の判断
一 本件紛争の経過
《証拠略》によれば、次の事実が認められる。
1 大経寺は、昭和四一年四月に日蓮正宗の寺院として設立され、被控訴人が日蓮正宗の当時の管長細井日達により住職を命じられた。大経寺は、昭和五一年七月、日蓮正宗を包括団体とする宗教法人となった。この宗教法人が控訴人である。また、これに伴い、被控訴人が控訴人の住職兼代表役員になった。
2 宗制、宗規及び大経寺規則は、日蓮正宗の代表役員の地位、控訴人の責任役員の任免等について、次のように定めている。
日蓮正宗の代表役員は同宗の規程たる宗規による管長の職にある者をもって充て(宗制六条一項)、管長は法主の職にある者をもって充てる(宗規一三条二項)。法主は、宗祖以来の唯授一人の血脈を相承する(宗規一四条一項)。法主は、必要と認めたときは、能化のうちから次期の法主を選定することができる。ただし、緊急やむを得ない場合は、大僧都のうちから選定することもできる(同条二項)。法主がやむを得ない事由により次期法主を選定することができないときは、総監、重役及び能化が協議して、第二項に準じて次期法主を選定する(同条三項)。なお、右血脈相承の内容は、宗教上の秘伝とされている。
控訴人には、四人の責任役員を置き、そのうち一人を代表役員とする(大経寺規則六条)。代表役員は、日蓮正宗管長が任命した住職をもって充てる(宗制四三条一項、宗規一七二条一項、大経寺規則八条一項)。代表役員以外の責任役員(総代)は、信徒のうちから代表役員が選定する(大経寺規則八条二項)。この選定については、日蓮正宗の代表役員の承認を受けなければならない(宗制四三条二項、宗規二三五条、大経寺規則八条三項)。総代が犯罪その他不良の行為があったときは、住職は、日蓮正宗の代表役員の承認を受けて、直ちにこれを解任する(宗規二三六条三項)。日蓮正宗の管長は、住職の罷免その他の懲戒処分をする権限を有する(宗制一五条七号、宗規二五三条)。大経寺規則を変更しようとするときは、責任役員会において責任役員の定数の全員一致の決議を経て、日蓮正宗の代表役員の承認を受けなければならない(宗規一五三条二項、大経寺規則三三条)。なお、日蓮正宗の規則中控訴人に関係がある事項に関する規定は、控訴人についても、その効力を有する(大経寺規則三五条)。
3 日蓮正宗の前法主細井日達は、昭和五四年七月二二日、死亡した。同日、総本山大石寺において開催された緊急重役会議の席上、当時総監(日蓮正宗において管長に次ぐ地位)であった阿部日顕から昭和五三年四月一五日に細井日達から血脈相承を受けた旨の発言があり、了承された。右緊急重役会議に出席した椎名法英重役(責任役員)は、昭和五四年七月二二日の通夜の席で、右の次第を述べて阿部日顕の法主就任を発表し、異論は出なかった。そして、日蓮正宗宗務院は、同日付け及び翌二三日付けで、阿部日顕の法主・管長就任を院内に通達した。同年八月六日には、総本山大石寺において、宗内の僧侶・信徒の代表が参加して、阿部日顕の法主就任の儀式である御座替式が挙行され、引き続き、阿部日顕の法主就任を祝うと共に阿部日顕との師弟の契りを固める御盃の儀が行われた。同月一六日、阿部日顕(当時の名は信雄)が昭和五四年七月二二日に日蓮正宗の代表役員に就任した旨の登記がされた。阿部日顕は、細井日達から血脈相承を受け管長に就任した旨、同年八月二一日付け訓諭を宗内に発した。その後、昭和五五年四月六日及び七日には、総本山大石寺において、多数の僧侶・信徒の参加を得て、御代替奉告法要が挙行され、阿部日顕の法主就任が披露された。
4 日蓮正宗は、その信徒団体である創価学会が急成長するに伴い、昭和五二年ころから創価学会と対立するようになった。しかし、創価学会が昭和五三年一一月七日に日蓮正宗に対し反省の意を表すると共にお詫びをし、昭和五四年四月二四日には、創価学会の池田大作会長が会長を辞したため、当時の細井日達管長や執行部は、創価学会と協調路線を歩むこととした。阿部日顕も同様の立場を採った。しかし、日運正宗の相当数の僧侶は、阿部日顕の協調路線に反対し、創価学会の教義上の誤りを正すべきであるとの立場を採り、昭和五五年七月四日、同志の集まりである正信会を結成して、反阿部日顕の立場を強めていった。正信会に属する僧侶は、日蓮正宗宗務院の中止命令に従わず、昭和五五年八月二四日、第五回全国檀徒大会を開催し、創価学会を批判する決議を採択した。また、正信会に属する僧侶は、昭和五五年一二月一三日、阿部日顕に対し、血脈相承を受けたことに疑問がある旨の質問状を送付し、何らの回答もなかったので、その後、阿部日顕を法主と認めない旨の通告文を発した。また、阿部日顕は血脈相承を受けておらず、血脈相承は断絶している旨の論文を発表した者(蓮華寺の住職)もいた。このような中で、正信会に属する僧侶は、阿部日顕の代表役員の地位不存在確認訴訟を提起した。他方、日蓮正宗は、正信会に属する僧侶に対し、中止命令に従わず第五回全国檀徒大会を開催したこと、宗教上の異説を唱えたこと等を理由にして懲戒処分を行い、これに関して多数の訴訟が提起された。
5 その後、創価学会が平成二年七月一七日に日蓮正宗を批判する発言をしたことを契機として、日蓮正宗執行部と創価学会との対立が再燃激化し、日蓮正宗は、平成三年一一月二八日、創価学会に対し破門通告を発した。このような措置に反対する住職六人が、平成四年二月二日、日蓮正宗からの離脱を決意し、その後、他の何人かの住職もこれに同調した。
このような動きの中で、被控訴人は、日蓮正宗の高僧であった父から創価学会を大切にするようにと教えられたこと、創価学会は、日蓮正宗の教義を広めるに当たって多大の貢献があり、今後とも必要な存在であると考えていること、控訴人の信徒の多数が創価学会員であり、そのような信徒から日蓮正宗からの離脱を求められたことなどを考えて、大経寺規則を変更して日蓮正宗との被包括関係を廃止し、日蓮正宗から離脱することを決意した。
6 ところで、控訴人の平成二年当時の責任役員は、いずれも創価学会員である佐藤義雄ら三名であったが、これらの者の任期が平成二年一一月に満了したため、被控訴人は、同年一二月二〇日、日蓮正宗に対し、創価学会員である信徒三名を後任者とすることについての承認願いを提出した。しかし、日蓮正宗宗務院から、責任役員は法華講員(創価学会員でない信徒)から選ぶようにいわれ、被控訴人が提出した承認願いは宗務院の方針に合致しないとの理由から、差し戻された。そこで、控訴人は、平成三年四月二日、やむなく、法華講員である横尾ら三名を責任役員に選任し、日蓮正宗の承認を得た。
このような経緯があったため、被控訴人は、横尾らは日蓮正宗との被包括関係の廃止に賛成しないものと考え、平成四年一〇月一七日、日蓮正宗の代表役員の承認を受けることなく、横尾ら三名を責任役員から解任し、被包括関係の廃止に賛成の立場を採る今野ら三名を責任役員に選任した上、今野らと共に責任役員会を開催して、日蓮正宗との被包括関係を廃止する旨の本件規則変更を行った。そして、被控訴人は、控訴人の代表役員として、日蓮正宗の代表役員を阿部日顕として同人あてに被包括関係廃止を通知する旨の同日付け書面を送付した。
なお、被控訴人と同様に日蓮正宗からの離脱を企図した住職は、平成五年三月までに二五名いた。そのうち、本件と同様、寺院の建物の明渡請求訴訟を提起されたのは一六名であり、訴訟において、阿部日顕の血脈相承を否定する主張をしているのは被控訴人を含めて三名であり、その余の一三名は血脈相承否定の主張をしていない。
7 日蓮正宗は、被控訴人が日蓮正宗代表役員の承認を受けずに横尾らを解任したことは、宗規二三六条三項、大経寺規則八条三項に違反し、今野らを選任したことは、宗制四三条二項、宗規二三五条、大経寺規則八条三項に違反し、また、本件規則変更は、今野らが責任役員でないから、大経寺規則三三条に違反し、無効であると考えた。そこで、日蓮正宗宗務院は、被控訴人に対し、横尾らを違法に解任したことを糺すため、平成五年二月二六日付け書面、同年三月一二日付け書面、同年八月五日付け書面及び同年八月一六日付け書面により、四回にわたり出頭するよう召喚したが、被控訴人は、日程の都合がつかない等の理由から出頭しなかった。これを受けて、日蓮正宗は、被控訴人に対し、平成五年九月二四日付け書面をもって、右解任行為等を撤回し、非違を改めるよう訓戒したが、被控訴人は、従わなかった。そこで、日蓮正宗は、管長阿部日顕名で、被控訴人は罷免事由である「本宗の法規に違反し、訓戒を受けても改めない者」(宗規二四七条九号)に該当するとの理由から、平成五年一〇月一五日付け宣告書をもって、被控訴人を控訴人の住職から罷免する旨の本件懲戒処分を行った。また、日蓮正宗管長阿部日顕は、同日付けで梅屋を控訴人の住職に任命した。
8 梅屋を代表役員とする控訴人は、被控訴人は本件建物の占有権原を失ったとして本件建物の明渡しを求めたが、被控訴人は、本件懲戒処分の効力を争い、明渡しを拒んだため、控訴人は、被控訴人に対し、本件建物の明渡しを求める本訴を提起した。
二 法律上の争訟性
1 宗教団体における宗教上の教義、信仰に関する事項については、憲法上国の干渉からの自由が保障されている。これらの事項については、裁判所は、みだりに介入すべきではなく、審判権を有しない。したがって、宗教法人とその住職との間の建物明渡訴訟という具体的な権利義務に関する訴訟であっても、宗教団体内部でされた住職の懲戒処分等の効力が請求の当否を決する前提問題となっており、その効力の有無が当事者間の紛争の本質的争点であると共に、それが宗教上の教義、信仰の内容に深くかかわっているため、右教義、信仰の内容に立ち入ることなしにその効力の有無を判断することができず、しかも、その判断が訴訟の帰趨を左右する必要不可欠なものである場合には、右訴訟は、法律上の争訟に当たらないというべきである。以上は、蓮華寺事件に関する最高裁判所平成元年九月八日第二小法廷判決・民集四三巻八号八八九頁の判示するところであって、当裁判所の見解もこれと異ならない。
2 そこで、本件についてみると、寺院の建物を占有する住職を罷免する懲戒処分の効力が問題となっていることは、蓮華寺事件と共通している。しかしながら、蓮華寺事件とは、次の点で異なっている。
すなわち、被控訴人は、日蓮正宗からの離脱を求めているのであって、日蓮正宗内に留まりながら懲戒処分の効力を争っているのではない。被控訴人の主張によれば、本件規則変更は適法にされた有効なものであり、したがって、控訴人と日蓮正宗との包括関係は廃止されたから、その後にされた本件懲戒処分は、懲戒事由がないだけではなく、そもそも包括団体である日蓮正宗の管長には独立した宗教法人となった控訴人の住職である被控訴人に対する懲戒権がないというのである。
これを別言すれば、控訴人の主張するように本件規則変更が違法無効なものであれば、控訴人と日蓮正宗との包括関係が今なお存続しており、被控訴人は、違法な行為をしたことを理由とする本件懲戒処分により、本件建物の占有権原を失う。これに対し、被控訴人の主張するように横尾らの解任、今野らの選任が有効であり、したがって、本件規則変更が適法有効なものであれば、控訴人と日蓮正宗との包括関係は解消しており、被控訴人は、日蓮正宗との被包括関係がない控訴人の住職として、控訴人が所有する本件建物の占有権原を有しているということになる。そして、この場合には、本件規則変更及びその前提行為である横尾らの解任、今野らの選任は適法であるから、懲戒事由もないことになる。
このように、本件訴訟の結論は、被控訴人が日蓮正宗から離脱するために大経寺規則を変更しようとした過程において、被控訴人が日蓮正宗代表役員の承認を受けずに横尾らを解任したこと及び被控訴人が日蓮正宗代表役員の承認を受けずに今野らを責任役員に選任したことの評価にかかるのであり、被控訴人が控訴人の大多数の信徒の意向等を考慮して日蓮正宗からの離脱を決意し、これを実現すべく大経寺規則を変更するために横尾らを解任した本件の場合にも、日蓮正宗代表役員の承認が必要かどうか、責任役員の解任事由に制限があるかどうか、また、今野らの選任に日蓮正宗代表役員の承認が必要かどうかによって決せられるものである。そして、これらの点は、いずれも宗教上の教義、信仰の内容とは無関係に、宗教法人法その他の法規の趣旨に照らして審理判断することができる。
以上のとおりであって、本件において懲戒処分の効力が問題となっていても、本件訴訟の本質的な争点は、包括関係の廃止を目的とする行為の評価と廃止の効力の有無にあり(懲戒事由の存否と廃止の効力とは、いわば盾の両面の関係にある。)、その判断は、阿部日顕が血脈相承を受けたか否かという宗教上の問題とは全く関係なく判断できるのである。
3 被控訴人は、阿部日顕は、前法主細井日達から血脈相承を受けていないから法主ではなく、したがって管長でもない、そうすると、本件懲戒処分は処分権限のない者によってされた無効なものである、この点を判断するには、結局、阿部日顕の血脈相承の有無を審理判断しなければならないから、本件訴訟は、法律上の争訟には該当しないと主張する。そして、懲戒処分をした者に処分権限がなければ、その懲戒処分が無効であることは被控訴人主張のとおりである。
しかし、前記一の事実によれば、被控訴人のいう血脈相承問題は、被控訴人が日蓮正宗からの離脱を決意した理由の一つにすぎない。そして、被控訴人が日蓮正宗から離脱しようと考えたことは、信教の自由の一態様であるから、被控訴人が日蓮正宗からの離脱を企図したことの当否や血脈相承問題に象徴される被控訴人の阿部日顕に対する評価は、本件規則変更の効力を左右するものではない。
また、法主・管長が誰かの争いは、法主・管長を頂く宗派内部に留まる限りは、利害関係を失わない。しかし、本件の被控訴人のように宗派から離脱しようとする場合には、自己との関係がなくなる宗派の法主・管長が誰であるかについて、利害関係を認めることができない。
これらの点を考えると、阿部日顕の処分権限の有無、すなわち、阿部日顕の法主・管長の地位の有無は本件訴訟の本質的争点ではなく、この点に関する判断が本件訴訟の帰趨を左右する必要不可欠なものであるとは認められない。
なお、本件とほぼ同様の経過を辿って住職罷免の懲戒処分を受け、建物明渡訴訟を提起された者の多くは、阿部日顕が血脈相承を受けていない旨の主張をしておらず、血脈相承の問題は、形式的な争点にもなっていない(前記一6)。現に、本件と同様の背景を有する他のいくつかの訴訟においては、血脈相承の問題は争点とならず、本案判決がされている(法布寺事件に関する甲三七、乙一〇七、法乗寺事件に関する甲四五、八九、東光寺事件に関する甲四六、八八参照)。
4 このように阿部日顕の法主・管長の地位の有無が本質的争点ではない場合、特に、被控訴人が控訴人と日蓮正宗との包括関係を廃止し、今後は、日蓮正宗とは全く無関係に独立の宗教活動をしていこうとしている本件の場合には、裁判所としては、信教の自由の見地から、阿部日顕の法主・管長の地位については宗教団体である日蓮正宗が自律的に判断した結果を前提として、本質的争点である本件規則変更の効力(換言すれば、懲戒事由の有無)につき審理判断すべきである。そして、日蓮正宗内部においては、阿部日顕を法主・管長と認め、これを前提として宗教上の儀式を挙行し、代表役員の登記もしているのであるから(前記一3)、本件訴訟においては、阿部日顕が日蓮正宗の管長であるとの前提に立って、審理判断すべきものである。なお、被控訴人自身も、本件規則変更直後に、阿部日顕が法主・管長の地位にあることを認めて同人あてに被包括関係廃止の通知書を送付しているところである(前記一6)。
5 以上のとおりであって、阿部日顕の法主・管長の地位の有無、すなわち、血脈相承の問題を理由として、本件が法律上の争訟に該当しない旨の被控訴人の主張は、採用することができない。
なお、蓮華寺事件に関する最高裁判所の前記判決は、前述の点で本件と異なるほか、住職の言説が日蓮正宗の本尊観及び血脈相承に関する教義、信仰を否定する異説であることを事由とする懲戒処分の効力が争われ、懲戒処分の効力を判断するについては、住職の言説が異説に当たるかどうかの判断が不可欠な事案に関するものであり、本件とは事案を異にするものである。また、いわゆる板まんだら事件に関する最高裁判所昭和五六年四月七日第三小法廷判決・民集三五巻三号四四三頁は、創価学会が本尊としている板まんだらが本物かどうかの判断が不可欠な事案に関するものである。阿部日顕の代表役員及び管長の地位不存在確認訴訟に関する最高裁判所平成五年九月七日第三小法廷判決・民集四七巻七号四六六七頁は、阿部日顕の代表役員及び管長の地位の存否自体が訴訟物となっており、阿部日顕が血脈相承を受けて法主に就任したかどうかの判断が不可欠な事案に関する。小田原教会事件に関する最高裁判所平成五年一一月二五日第一小法廷判決・集民一七〇号四七五頁は、日蓮正宗宗務院の中止命令に反して第五回全国檀徒大会を主催運営したことが「正当の理由なくして宗務院の命令に従わない者」に当たることを事由とする懲戒処分の効力が争われ、右「正当の理由」の有無を判断するには、宗教上の教義、信仰の内容について一定の評価をすることを避けることができない事案に関する。以上のとおり、上記の最高裁判決は、いずれも本件とは事案を異にするものである。
6 被控訴人は、法規に違反し訓戒を受けても改めなかったとしても、これは、被控訴人の教義、信仰に基づく正当な理由によるものであり、この正当な理由の有無は、教義、信仰の内容に立ち入ることなしに判断することはできないと主張する。
しかし、被控訴人は、日蓮正宗から離脱するために本件懲戒処分の処分事由とされている行為をしたものであるが、大経寺規則を変更して日蓮正宗から離脱するには、その理由のいかんを問わず、宗教法人法その他の法規を守らなければならない。このことは、離脱の理由が被控訴人の宗教上の信念によるものであり、被控訴人からみて正当な理由があると考えるものであっても、変わりはない。被控訴人の右主張は、採用することができない。
7 被控訴人は、本件懲戒処分は、処分権限のない者による無効なものであるから、控訴人の住職は今でも被控訴人であり、また、阿部日顕には住職の任命権限がないから、梅屋は控訴人の代表者ではないと主張する。この主張は、要するに、阿部日顕が法主・管長でないことをいうに帰するものであるが、採用することができないことは、前記3で述べたとおりである。
三 結論
そうすると、被控訴人の本案前の主張は、いずれも採用することができない。控訴人の本件訴えは、法律上の争訟に当たり、不適法なものではない。
したがって、本件の本質的争点ではない血脈相承の問題を理由として、本質的争点である本件規則変更の効力につき審理判断することなく、控訴人の訴えを却下した原判決は、失当として取消しを免れない。そこで、これを取り消し、本件規則変更の効力について審理判断させるため、本件を横浜地方裁判所に差し戻すこととする。
よって、主文のとおり判決する。
(口頭弁論終結の日 平成一一年四月二〇日)
(裁判長裁判官 淺生重機 裁判官 菊池洋一)
裁判官 塚原朋一は、転補のため、署名押印することができない。
(裁判長裁判官 淺生重機)